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欝の話をした友人や近所の人の中で、自分も経験があったり
身内や友達の中にいたということを多く聞きました。
そうゆう経験者は欝の症状を理解してくれます。
しかし、理解できない人もいます。
実は一番力になってほしい主人と義母でした。

主人も欝気味だったのですが欝にもいろいろとあり、私とは違うもので
同じ症状もありましたが、違う症状もあります。
だから、わかっているようでわかっていないのが現状です。
義母は自分もかつては神経を病んで、欝にはならなかったけれど
胃潰瘍になった経験があります。

これは考え方の違いでしょうか・・・

主人も義母も、自分はこうしたから治った・ならなかったと言います。
どん底にいる状況下で、ひとつのことをこなすのも困難なときに
言われるような行動はとれません。
言ってることはわかるの。でも出来ないんです。
それをいくら説明してもわかってくれませんでした。

義母に不眠の話をしたときには
「あれだけ疲れて帰ってくるなら、寝れないことないでしょ」
と言われたことがあります。
不眠の経験は今までにも何度とありましたが、いつもどれだけ疲れてても
寝れないものは寝れないんです。
しかも今回は睡眠導入剤を飲んでも不眠は治りません。
アドバイスをしてくれるのはありがたいことです。
実行もしました。特に主人と険悪なときです。
「あの子は口下手だから、些細なことでも話しかけなさい
 そうすれば言葉が返ってくるし、いつかは会話が成り立つから」
でも、話しかければ話しかけるほど、私の心は傷つく一方でした。
何も変化がないからです。それどころか、うっとおしいという顔をされたりもしました。
義母から私を見ると、そんなに酷くないと思って見えたのでしょう。
その頃は、どんなに辛くてもなるべく普通にしていようと心がけていた頃。


限界が来たときには、もう自分をコントロールできません。
頭と心がバラバラになってしまいます。
洗濯しなくちゃ・・・
お弁当作らなきゃ・・・
仕事に行かなくちゃ・・・
掃除しなくちゃ・・・
頭で思っても体が動かないんです。
自分で自分がわからなくなるときもあります。
不安で心が押しつぶされそうにもなります。


友達の友達で、欝のことを文面に綴ったものを拝見しました。
読んでいて涙が止まらなくなりました。
痛いほど辛さが伝わってくるのです。
その方は自殺まで思ったそうです。
さいわいというか、私は自殺までは思いませんでした。
でも、消えてなくなってしまいたいと思うことは多々ありました。


気分転換になるからどこかに出かける。


これも実は苦痛でした。
外に出たくないと思ってるのに誘われる。
気心知れた友達とのランチとかならまだしも・・・
帰宅するとグッタリ。
以前ほどではないけど、今でも外出は苦痛です。
病院でも軽い発作が起きたことがあります。




よかれと思ったことが、その人にとっては逆効果であることもあります。
その人をよく見てください。
無理をしていることがあることも。

会社では同期のこしか知らないときでした。
パートさんの中で、人伝えで聞いたことですが
「最近○○さん、顔つきかわったね」と言っていたそうです。
近所の人にも言われました。
自分でも感じていました。
無表情な私。


先ほどの文面に綴られた内容にもありましたが
欝の人はどんどん孤立していってしまいます。
異変を感じたら、そっと声をかけてください。
必要以上話しかけなくてもいいんです。
少しずつ話しかけると、自分を気にかけてくれる人がいる
安心感から、自ら辛いことなどを吐き出していきます。
聞いてくれるだけでもいいんです。
それだけでも本人の心の荷が下ります。








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2012.11.29 私の症状
まずは欝についての詳しいサイトをご覧ください。

うつ病の治し方

イライラする。普段より怒りっぽくなる。
感情が無くなり表情も硬くなる。
不眠になる。これはいつもの不眠とは違い寝つきは良いが1~2時間ごとに目が覚める。
朝も早くに目が覚めてしまう。睡眠導入剤を服用しても効果が無い。
人の話が耳に入らず、集中力も欠けてしまう。
TVも音楽も耳障りになり、静かな環境を求める。
とても好きだったパン作りが一切したくなくなった。
料理も億劫になり、そのうち献立がたてられず、冷蔵庫に物があっても
何を作ればいいのかがわからなくなる。
何故か上半身だけの痙攣のような発作が起きるようになる。
このときは呼吸も苦しくなり、言葉も上手く発せられないが頭の中ははっきりしてる。
外出が出来ない。犬の散歩もできなくなる。
人と接することが億劫になる。
簡単なことでももの凄く疲れ、常に体がだるい。
頭痛が起こるようになる。
食欲が失せる。
人の言葉に敏感になる。
わけもなく泣いてしまう。

これが今まで私に起こったこと。
今は克服したこともありますが、まだ克服できないことも。

欝になるときは自覚がなかったですね。
なんとなくおかしい・・・もしかして?って思ったときには手遅れ。
仕事でのストレスもあり、一度人の言葉にパニックになってしまい発作が起き
トイレに閉じこもってしまった経験もありました。
その日主人が休みで(家で仕事してましたが)迎えに来た主人と
そのまま帰宅しました。
人が怖い!と感じ、仕事に行くのが怖くなってしまいました。
忙しい時期に申し訳ないとは思ったけど、1週間お休みをもらい
復帰予定でしたが、休みが終わりに近づくと不安が押し寄せ
一人の上の男性社員に、自分が欝であることと事情を説明して
年内半日にしてもらうことに。
この男性もお兄さんの会社の人で数人欝の人がいるようで
よく事情はわかってくれました。



欝は自分だけでは良くなりません。
最初は誰にも打ち明けれず、ひたすら我慢の日々でした。
家でも会社でも気を使うことに疲れ果て、信頼できる友達に話したり
相談したりしました。義母にも相談しました。
発作が起きてからは近所の人にも相談したりするように。
発作が起きると自然に治まっていくのはわかってるけど不安でたまらないんです。
安心できる人の声を聞いたり、そばに居てほしいのです。

何より苦しかったのは父の前では普通にしていること。
母は他界し、一人暮らしの父は75歳です。
今のシニアって昔と違って若いですよね。
父も足腰丈夫、自炊もするし部屋もキレイ。
だけど、やっぱり心配させたくないんです。

人前では何でもないように振舞ってること自体苦痛でした。
病状を知らない人、会社に居るとき。
でも、人に話していくうちに心にゆとりが出来てきました。
最初の頃は主人のことで頭がいっぱいでしたが、解決し視野が広がった分
次にストレスに感じていることが問題となってきて
なかなか思うようにはいきません。
一時懐かしいと思うほど、以前の自分に戻ったような日がありました。
とても気分が良く、パンも作り料理も楽しんで作り、家のことも進んでしました。
あ~幸せ♪ひょっとして治ったかも~♪って思いながらお風呂に入って
寝付きましたが、やはり目が覚める。
そして翌朝、逆戻り。
このときのショックは大きかった。







2012.11.29 欝発症後②
翌日のこと。
再びよそよそしい態度の主人。
冷たい態度に逆戻り。
この日は会社が休みで、複雑な気持ちのまま普段どおりに過ごしてました。
やはり帰宅してもほとんど口をきかずで1日は終わり。

翌日は出勤日。
比較的夏場は暇になりがちで、半日も多くなります。
でも会社の休み明けは、さすがに半日とはいかないもので
それでも2時半には終わりました。
相変わらずの不眠、職場の半端ない暑さとストレス、家でも主人に対しての
ご機嫌伺いが負担になって、翌日は出勤日だったけれど
とても仕事ができる状態ではなく休んでしまいました。
で、それからはお盆休みです。
13日の朝、またあの発作が起きました。
主人は出勤した後で、義母に助けを求めました。


義母には以前主人のことから始まったことから今に至ることまで
相談していて、私が欝だということも知っています。
でも発作のことは知らなかったので、義父と家に来て私を見てかなり動揺してました。
この日も救急車で運ばれ、カルテはあって事情はわかってるけど、詳しい血液検査を受け
点滴も受けて帰宅しました。
どこも異常なし。
なかなかないケースのようで、おそらくストレスからくるものだそうでした。

その1週間後、また発作が起きました。
グッタリでしたが出勤し、翌日は半日で終わったけど、夜に発作。
夜は初めてだったので動揺しました。
発作が出ても、どうしようもないんです。
ただただ発作が治まるのを待つしか・・・
発作が起きてることは主人も承知です。
ところが半ば過ぎ、出勤前の玄関先で
「明日と明後日休み取ったから。(あら偶然、私も連休だわ)
 山小屋1泊してくる。」

・・・・・・・

人の顔も見ずにそれだけを言って出て行きました。
確かに今年は山小屋に泊まりたいとは聞いてるし、装備も万端です。
でも、いつ起こるかわからない発作に怯えてる私を置いて泊まりって・・・


その2日後には再び午後発作。
その1日後は朝に発作が起こり、翌日には朝晩発作。
それから毎日朝か晩には発作が起こり、仕事を休んだ日もあったけど
毎日不安を抱えながらも頑張って仕事に行きました。


9月に入り、9月も半日が多く体を休めることも出来、発作の頻度も少なくなりました。
とはいえ、8月ほどではないというだけ。
発作も主人が居るときにも起こることもあり、半ば過ぎだったか、発作が起き
とうとう堪えきれない気持ちが込み上げて、泣きじゃくりながら
「支えてあげられなくってごめんね。でもね・・・私も辛かったんだよ。
 話しかけてもそっけなかったし、何がいけないのかがわからない・・・」

しばらく考え込む主人でしたが
「う~ん・・・(私に対して)どうしたらいいのかわからなかった」と。
もともと不器用な人でもあったけど、この言葉を聞いて正直がっかりしました。
だったら何故言葉をかけてくれなかったんだろうかと。
でも主人も動揺していると感じ、今言うべきではないと言葉を飲み込みました。
私も黙ってないで気持ちをぶつけるべきでした。
先生にも「軽い気持ちで少しずつ自分の気持ちを言ったほうがいいですよ」と言われてたんです。

いつも言おう言おうと思ってました。
けど、とても言えるような雰囲気ではなかったのです。


それから主人の冷たい態度が変わってきました。













2012.11.28 欝発症後①
主人との関係は悪化の一方。
私は心とは裏腹に、話しかけたり努力してました。
でも会話は続きません。

今年は山小屋に1泊したいと少しずつ道具など揃えてましたが
登山用品って高いんだよね~
サイズの問題もあり、アウターをどうしようってことを悩んでたことを
思い出し、病院へ行った帰りに夏山に向いてるアウターを見て
夏山ぐらいなら大丈夫だろうと、大きいサイズとTシャツ・コインケースも購入し
誕生日何もしなかったからサプライズプレゼント♪って渡すと
アウター広げて眺めて無表情で「サイズあったんだ。ありがとう」と
Tシャツとコインケースに気付かず紙袋にしまい込み
「あ、Tシャツもあるし、コインケースも無くしたからと思って買ったんだよ」って
言って、ゴソゴソして見て、一言二言言ったかな?
でも、ちーーーーーっとも嬉しそうじゃなかった。
物で釣るわけじゃないけど、喜んでくれるかな~って
期待してたものだから、ショックが倍!

別にこれがきっかけじゃないけれど、とうとう体が悲鳴をあげてしまい
8月の頭頃の朝食後、急に悲しくなり泣いてると、上半身が震えだし
それが痙攣に変わり、椅子に座ったままでヒクヒクして、だんだん体が傾いて
床に倒れこんでしまいました。
主人がシャワーを浴びて、洗面所でそのまま歯を磨いていて
倒れた音は聞こえるはずなんだけど・・・
犬もいるし、私に冷たかったのもあったのか
磨き終わって扉を開けて目の前で私が痙攣してるのでビックリ!

「おい!どうしたんだ!オレがわかるか?!」

意識はあって言葉も理解できてるけど、グッタリして痙攣も治まらず
言葉もはっきりとは話せず、どもるような話し方しかできません。
主人が電話して、すぐに救急車がきました。
救急隊員がいろいろと質問してきた中で、「何かお薬飲んでますか?」という
質問に戸惑いました。
相変わらず主人には内緒のままだったから。
でも、正直に言わないといけないから「欝の薬を・・・」と答えると
「ご主人知ってましたか?」と聞かれ
「いいえ・・・」

ひぇ~~~~~~~!
こんな形で知られたくなかったよぉ~~~~

私が薬を置く場所はだいたい決まってるので、「あ、多分これです!」
パジャマのまま救急車で病院まで運ばれました。
主人も会社に事情を話して休みになり、私も出勤日だったので電話をしてもらいました。



ベッドで寝ている間
「黙っててごめんね・・・言おう言おうと思ってたんだけど
 言い辛かった。」

主人は「あの先生いいだろ~」って、ずっと手を握ってくれて
私を気遣ってくれました。



こんな形で欝がわかり嫌だったけど、これでやっと元の関係に戻れる。





ところが・・・・・


暫くの間お休みしていて、やっとPCも開く気になり
こうして記事を書く気にもなりました。

実は私、欝なんです。
現在も通院中で、毎日いろんな症状と格闘中。
欝の人って意外と身近にいたりするんだけど
欝の苦しさは本人にしかわからないものだということが
今回自分が欝になってわかったこと。
そして周りの理解度が低いこと。
そんな思いを抱き、自分の記録として残していきたいと思います。


人はそれぞれの人生を送り、その環境によって自分の性格が作られること
新たにスタートしたときも、また性格が変わってくるとも思います。
私自身の性格は一言で言えば、とてもネガティブ^^;
私の家族構成は父・他界した母・年の離れた兄の4人家族の中で育ちました。
母はとても私に厳しい人で、今で言う虐待も受けていたし
その母との家庭環境は、私が結婚して出て行くまで異様な母子関係でした。
思春期の頃は耐えられず、友達の家に転がり込んだり(家出)
私のことで夫婦喧嘩も絶えず、特に結婚が決まったときには
大変な思いをしました。とても母親とは思えないほど。
唯一の救いは、友人や会社の人や環境、かばってくれる父と兄の存在。


そんな私の主人は、これまた全く正反対の環境で育った人。
最初の数年は、嫁としての立場にとても戸惑いました。
自分が経験していないことばかりか、普通の母子関係の経験もないのに
義母とどう接すればいいのか・・・
主人も仕事柄忙しかったので、法事などいろいろな行事事には私一人出席もありで
頭がおかしくなりそうなときもありました。


もともとストレスの限界がくると寝付けない不眠になる傾向があります。
そのつど内科・心療内科で睡眠導入剤を処方されました。
誰しもストレスを抱え込んでますよね。
ストレスも人により受け方も違いがあります。
私は溜め込んで、自分で何とかしようとするタイプ。
ここでネガティブな面がでてしまいます。
去年の暮れからでしょうか、少しずつストレスが溜まっていってるのは
感じてましたが、自分なりに解決しているつもりだったのでしょう。
ところがその頃から症状は出ていたことに今振り返ると思います。
イライラして当り散らすことが多かったし、いつもなら気にならないことが
ムカついて強い口調で言ってしまうことで、主人によく指摘されてたんです。
それがこたえたのか、そこで自分を変えようと努力しました。


主人もその頃は仕事に行き詰っていたのか、苛立ちが見えました。
そう感じながら数ヶ月、とうとう主人の口から「心療内科に行こうかと思う」と
いう言葉がでました。

双極性障害と診断され、主人から症状や薬のこと(副作用など)
自分でネットで調べて勉強してくれと言われた私。
そのころは私も自分のことでいっぱいいっぱいのときで
一方的に言われたことに腹が立ち「私だって大変なときがあったのに!」と
言ってはいけないことを言ってしまい、とても険悪に。
これは明らかに私が悪かったと思い、病状もネットで調べ
心の中では腫れ物を触る思いでしたが、普段どおり接し、怒りを出さない
あーしろこうしろとも言わないように気遣いました。

すると1ヶ月もしないうちに元の主人に戻ってきてるのがわかりました。
でもね・・・
今までの私のストレスが今まで以上にピークに達してしまったのか
気付くと、感情というものが無くなっている自分がいました。
不眠にも悩まされ、近所の内科で欝と診断され安定剤と睡眠導入剤を処方され
主人に内緒で飲んでました。
せっかく主人が良くなってきてるのに、反比例するかのように私が落ちていき
たまたまそれが主人の誕生日頃。
機嫌の良い主人と焼肉を食べに行ったけれど、いつもならハイテンションが
どうでもいい気持ちしか感じられず、いつもよりも食も進まず
それから主人との関係にヒビが・・・

自分じゃない自分が居る。
こんなことは初めての経験。

主人との関係は悪化するばかりで、私も自分の態度がいけないんだと責め続け
明らかに変わってしまった私に声をかけてくれないどころか
まるで嫌いな相手と住んでるかのような接し方の主人に心の中で責めて
会社でも私には関係ないことなんだけど、嫌なことばかりが続き
季節的にもハードワークで心身ともに疲れ果ててました。
不眠も一切治らず、今までと違う不眠にも不安を感じ
先生も「悪化するばかりだから、ご主人と同じ病院へ行ったほうがいいですね」と
言われ、早速事情を話し予約を入れました。

当日のことです。
主人が病院へ通っていないことに気付き、薬もまるまる飲んでないことを
不思議に思ったまま病院へ。
「軽い欝ですね。」思ったとおりの診断でした。
あの・・・と、主人のことを話してみると、カルテを見て
「あぁ~双極性障害の疑いがあるとはいいましたが・・・
 お忙しいのもありますが、一応本人も良くなってると言ってまして
 調子の悪いときに薬を飲むことになっていて、一応完治ということになってます」

先生の言葉に頭が真っ白に。
疑い?本人ははっきりと双極性障害だと言い切ったし
通わなくなったことすら聞いてません。



それからが地獄のような日々を送ることに・・・

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